国立大学法人 岡山大学

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神経細胞の突起伸縮を調節する仕組みを発見

2015年09月17日

 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科生化学分野の山田浩司准教授、竹居孝二教授の研究グループは、脳神経機能において重要なタンパクリン酸化酵素Cα(PKCα)による、神経細胞のアクチン線維からなる骨組みの組み直しに働くタンパク分子(コルタクチン)のリン酸化と成長円錐の仮足の伸縮に着目。神経回路の形成に必要な神経細胞の突起伸長をガイダンスする成長円錐の仮足伸縮を調節する機構を発見しました。本研究成果は9月1日、フランス細胞生物学会雑誌「Biology of the Cell」2015年9月号に掲載されました。
 神経細胞の成長円錐では、伸長、退縮を繰り返して目的の神経細胞と回路を作っていきますが、どのような仕組みで成長円錐の仮足退縮が起こるのかはよく分かっていませんでした。
 コルタクチンがPKCαによるリン酸化を受け、骨組みの組み直しがうまくいかなくなることが、成長円錐の仮足が退縮する仕組みの一端であることを解明した本研究により、神経変性疾患の発症機序や脊椎損傷患者の神経回路再生機構の解明や新規治療法への応用が期待されます。
<背 景>
 神経細胞は、細胞間で突起を介して信号を伝えるため複雑な神経回路を形成しています。この回路網は、人間の学習機能や感情をはじめとする脳高次機能の基礎となっており、神経回路網の形成不全は、自閉症や統合失調症、てんかん等の精神・神経疾患や体の麻痺につながります。
 神経細胞は発生過程で、目的の神経細胞まで細長い突起を伸ばし(注1)、回路を作っていきます。突起の先端部では、成長円錐(注2、図1)と呼ばれるアメーバ状の構造があり、細胞外部の誘因因子があればその方向に仮足を伸ばし、反発因子があればいち早く仮足を退縮させて方向を変えます。成長円錐の仮足は、アクチン(注3)分子が重合した線維が立体的に組み合わさって構造を支えています。その骨組みの解体と構築が仮足の伸縮を制御していると考えられます。アクチン線維からなる骨組みを組み替えるタンパク(ダイナミン1・コルタクチン)が、どのような仕組みで成長円錐の仮足退縮を導くのかについては、これまで分かっていませんでした。

<業 績>
山田准教授、竹居教授らの研究グループは、脳神経機能の調節において重要なタンパクであるタンパクリン酸化酵素Cα(PKCα)に着目。コルタクチンのリン酸化修飾と成長円錐の仮足の伸縮への影響を検証しました。同研究グループはすでに2013年にダイナミン1・コルタクチンによるアクチン線維の束化が成長円錐の仮足の形成を促進し、その運動性を調節していることを報告しました。
コルタクチンとPKCαは、神経細胞の成長円錐の構造の一部である糸状仮足上にともに集積していました。培養した神経細胞をPKCαの活性化剤で処理すると、成長円錐でのアクチン線維の消失を伴った急速な糸状仮足の退縮とともに、コルタクチンのリン酸化が起こりました(図2)。また、PKCαは試験管内において直接コルタクチンをリン酸化しました。加えて、PKCαによりコルタクチンがリン酸化を受けたアミノ酸を調べたところ、アクチン線維への結合に関わる部位のアミノ酸が3カ所リン酸化されていました。試験管内の実験からリン酸化されたコルタクチンは、アクチン線維と結合できず、アクチン線維をまとめる能力も顕著に低下していました(図3)。
神経細胞内では、ダイナミン1・コルタクチンなどの分子がアクチン線維をまとめ骨組みが安定化されます。コルタクチンは、PKCαによってリン酸化されると、ダイナミン1・コルタクチンによりまとめられたアクチン線維束がほどかれて不安定になり、仮足の骨組みが壊れていくことで成長円錐の仮足の退縮が素早く起こると考えられます(図4)。
神経細胞の突起の伸縮や運動をつかさどる成長円錐は、ダイナミン1・コルタクチンといった分子を介して、アクチン線維を束ねたり、ほどいたりして骨組みを組み替えることで調節されています。これら調節分子の「リン酸化」というタンパク修飾により速やかに骨組みの組み替えが可能であることが明らかになりました。

<見込まれる成果>
今後、さらにアクチン線維の束化を促進する機構を含め、調節の仕組み全体を明らかにする必要があります。特に、神経突起伸長を促すメカニズムを標的にした創薬は今後、神経変性疾患の発症機序や脊椎損傷患者の神経回路再生機構の解明、その新規治療法への応用が期待されます。

<論文情報等>
論文名:Possible role of cortactin phosphorylation by protein kinase Cα in actin-bundle formation at growth cone.(神経成長円錐におけるタンパクリン酸化酵素Cαによるコルタクチンのリン酸化とアクチン線維の束化制御の可能性)
掲載誌:Biology of the Cell, 107, 319-330, 2015
著者 :Hiroshi Yamada, Tatsuya Kikuchi, Toshio Masumoto, Fan-Yan Wei, Tadashi Abe, Tetsuya Takeda, Teiichi Nishiki, Kazuhito Tomizawa, Masami Watanabe, Hideki Matsui, Kohji Takei
発表論文はこちらからご確認いただけます。

【参考図】
図1:神経細胞は、細長い突起を伸長し、目的となる神経細胞と回路を形成する。突起先端には、アメーバー状の成長円錐があり、この形態変化・運動性により、突起は進むべき道を進行する。成長円錐は、アクチン線維に富んだ構造であり、特に糸状仮足は、アクチン線維束により支持されている。図2:培養神経細胞に、タンパクリン酸化酵素活性化剤を作用させると速やかに成長円錐の糸状仮足がアクチン線維の消失と共に退縮する(A:仮足は矢頭)。さらに、(A)の刺激は、細胞内のコルタクチンをリン酸化する(B)。
図3:PKCαによりリン酸化されたコルタクチンは、アクチン線維に結合できない。かつ、アクチン線維を束化できない。(A:試験管内の実験)。リン酸化されたコルタクチンを模倣した変異体を発現した神経細胞は、仮足を作れない(B:仮足は矢頭)。図4:成長円錐におけるダイナミン・コルタクチン複合体は、アクチン線維を束ねる。コルタクチンのPKCαによるリン酸化はアクチン線維束をほどき、ばらばらにして、成長円錐の糸状仮足の退縮を促す。


【用語解説】
注1 神経突起
神経細胞間で回路形成が起こる際に神経細胞から伸長する細く長い突起で、標的のほかの神経細胞などと、シナプスを形成し神経回路が形成される。

注2 成長円錐

神経細胞から伸長している神経突起の先端部に形成されるアメーバ状の形をした構造体である。細胞外に存在する誘因因子や反発因子を感知し、正しく神経突起を標的の神経細胞の方向へ誘導する。アクチン線維に富む構造であり、成長円錐の一部である糸状仮足は、アクチン線維束がその骨組みを担っている。

注3 アクチン線維
アクチンは、分子量約42000の球状タンパクである。アクチンは螺旋状に重合してアクチン線維を形成する。真核生物のアクチン線維は、細胞内で3次元の線維状構造を作り、細胞の形を決定したり、細胞運動に関係する。


<お問い合わせ>
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科(医)
生化学分野
准教授 山田 浩司
教授 竹居 孝二
(電話番号)086-235-7125

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