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メタンハイドレート表面への分子吸着機構を解明

 岡山大学大学院自然科学研究科(理)理論化学研究室の矢ヶ崎琢磨特任助教、松本正和准教授、田中秀樹教授の研究チームは、計算機シミュレーションにより、メタンハイドレートへの分子の吸着機構を世界で初めて解明しました。本研究成果は2015年9月2日、アメリカ化学会の国際科学雑誌「Journal of the American Chemical Society」オンライン版に掲載されました。
 メタンハイドレートは、天然ガスのパイプラインを詰まらせるという問題があります。本研究成果によって、メタンハイドレートの生成を抑制する高効率の阻害剤の開発が進めば、天然ガス輸送の効率化に繋がると期待されます。
<業 績>
 岡山大学大学院自然科学研究科の研究チームは、計算機シミュレーションにより、メタンハイドレートの表面へ分子が吸着するメカニズムを世界で初めて解明しました。
 多くの場合、分子同士の引力は水素結合などによるエネルギー的な安定化に由来します。一方で、水中の油の凝集のように、エントロピーに由来する引力(用語解説)も存在します。これまで、メタンハイドレート表面への分子吸着の起源は、エネルギーであると考えられていました。本研究は、水中のメタンハイドレートに様々な分子が接近する過程の自由エネルギー変化を計算することで(図1)、ハイドレート表面への分子吸着が、実はエントロピーに由来していることを明らかにしました。

<背 景>
 メタンハイドレートは、メタンと水からなる結晶で、「燃える氷」として広く知られています。低温・高圧下で生成され、天然では海底や永久凍土域の地底などに存在しています。
 天然ガス(主成分:メタン)を輸送するパイプラインでは、水や低温・高圧の条件が重なるとメタンハイドレートが生成し、パイプラインを詰まらせてしまい、その対策に世界で年間500億円以上が投じられています。80年ほど前から知られている本問題にはさまざまな解決法が提案されており、その一つが速度論的阻害剤(kinetic hydrate inhibitor)と呼ばれる高分子を添加する方法です(図2)。速度論的阻害剤はメタンハイドレートの表面に吸着し、結晶成長を防ぎます。これまでに、速度論的阻害剤の機能を持つさまざまな

 高分子が開発されていますが、そのほとんどがアミド基を持っています。従来はこのアミド基とハイドレート表面の水との水素結合による吸着が結晶成長を防ぐと考えられてきました。

<見込まれる成果>
 今回、「水素結合による吸着」という従来の機構が誤りであることが明らかになりました。本研究成果によって、速度論的阻害剤のより良い設計指針が検討されれば、従来よりも高い効率の阻害剤が開発されることが期待されます。

 また、パイプラインの詰まりを防ぐ別の手段として、凝集阻害剤(anti-agglomerant)が知られています。凝集阻害剤は、結晶の小粒子同士の凝集を阻害し、パイプの流動性を保つ働きがありますが、凝集阻害剤が分子レベルでどのように働いているのか、その機構はいまだ明らかになっていません。今後、凝縮阻害剤と速度論的阻害剤の分子構造の類似性に着目することで、分子論的機構が解明されれば、新しい凝集阻害剤の開発にもつながると考えられます。

 本研究は、大学共同利用機関法人自然科学研究機構計算科学研究センターの計算機、ならびに国立研究開発法人理化学研究所計算科学研究機構のスーパーコンピュータ「京」(課題番号:hp150221)を用いて行われました。


図1. 水中のメタンハイドレート界面に吸着する速度論的阻害剤。水同士の水素結合を線で表している。図の右半分の領域が液体の水であり、乱雑な水素結合ネットワークとなっている。一方、左半分のメタンハイドレート中では、水素結合がきれいな籠状構造を作っており、それぞれの籠に、青い球で表されたメタン分子が一つずつ入っている。緑で示されているのが、速度論的阻害剤の一つであるPVCap (polyvinylcaprolactam)の単量体である。阻害剤の疎水的な部分が、ハイドレート界面に存在する開いた籠構造に入り込むことで、エントロピー的に大きく安定化する。


図2. 代表的な速度論的阻害剤の構造。いずれもアミド基を持っている。これまでは、このアミド基とハイドレート表面の水との水素結合により吸着していると考えられていた。本研究により、この従来の機構が誤りであり、むしろ疎水的な部分が吸着に大きく寄与することが明らかになった。


用語解説:エントロピーに由来する引力
 あなたが満員電車に乗っているところを想像して下さい。ドアの近くにはたくさんの乗客が集中し、身動きもできない一方、数歩奥に入った座席周辺ではややゆとりがあります。電車が走りはじめ、揺れると、人と人はぶつかりながら、衝突を避けるように、ゆとりのあるほうに徐々に移動していきます。あなたが座席周辺にいて、この様子を観察していると、人はあなたのほうに引きよせられるように見えますが、実際にはあなたに近付く人とあなたの間には、直接的な引力はなにもありません(たまたま知りあいなら別ですが)。電車の中の混み具合が場所によって違うことが、あなたに人をひきよせるのです。これが「エントロピーに由来する引力」の一例です。
 ガスハイドレートの表面には分子サイズのすきまがありますが、そこには水分子はうまく入りこむことができません。一方、水に溶けた阻害剤分子は、そのすきまにちょうど入りこめる大きさになっています。すると、阻害剤分子とハイドレートの表面には、互いを直接引きよせあう力がなくても、阻害剤分子は水の中の混雑を避けて、自然にすきまに入りこむのです。
 冷蔵庫の活性炭やお菓子の袋に入ったシリカゲルは、その固体表面に分子を吸着することで、消臭剤や乾燥剤として機能します。この場合、吸着される分子と表面との間に直接引力が働きます。これは「エネルギー的な引力」であり、エントロピーに由来する引力とははっきり区別されます。

発表論文:T. Yagasaki, M. Matsumoto, and H. Tanaka, Adsorption mechanism of inhibitor and guest molecules on the surface of gas hydrates, J. Am. Chem. Soc. (2015); (DOI: 10.1021/jacs.5b07417)

<お問い合わせ>
(所属)岡山大学大学院自然科学研究科(理学系)
理論化学研究室 教授
(氏名)田中 秀樹
(電話番号)086-251-7769
(URL)http://theochem.chem.okayama-u.ac.jp