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X線を用いた燃焼現象の新しい非接触測定手法の開発に成功−高効率を目指した革新的エンジン技術の進展に期待−

国立大学法人群馬大学
国立大学法人岡山大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター

成果のポイント
  ・コンプトン散乱X 線強度を解析し温度を計測する新手法を開発した。
  ・コンプトン散乱X 線スペクトルを解析し燃焼の化学反応を計測する新手法を開発した。
  ・本計測技術を適用することで革新的エンジン技術の進展が期待される。

 群馬大学(平塚浩士学長)、岡山大学(森田潔学長)、高輝度光科学研究センター(土肥義治理事長)は、大型放射光施設SPring-8*1の高輝度・高エネルギーの放射光X線を用いて火炎の温度・化学反応を測定する新手法の開発に成功しました。
 コンプトン散乱*2X線の強度は物質の電子密度に比例します。本研究グループは、SPring-8・ビームラインBL08Wの高輝度・高エネルギーX線を火炎に照射し、火炎からのコンプトン散乱X線の強度分布を精密に測定しました。これを熱電対で測定した温度分布と比較したところ、火炎の温度分布が測定されていることを見出しました。非接触であるため電線部分からの熱の流入の影響等がなく、熱電対の測定よりも精密な温度測定ができました。さらに、火炎の各部分におけるコンプトン散乱X線スペクトルを解析した結果、燃焼反応は火炎境界の発光部分で劇的進行し、境界外部の高温部分にOHラディカル*3や水素原子が多く存在することが新たにわかりました。
 本手法は、高い物質透過能を有する高エネルギーX線を用いた分析手法であるため、エンジンなどの内燃機関の温度分布、化学反応を非接触で測定することが可能です。本計測技術を適用することで高効率を目指した革新的エンジン技術の進展に資することが期待されます。
 今回の研究成果は、群馬大学の櫻井浩 教授、鈴木宏輔 助教、岡山大学の河原伸幸准教授、冨田栄二教授、高輝度光科学研究センターの伊藤 真義 副主幹研究員、櫻井 吉晴 主席研究員との共同研究によるもので、国際結晶学連合発行の専門誌「Journal of Synchrotron Radiation」(3月1日号)に掲載される予定です。

発表雑誌:Journal of Synchrotron Radiation, vol. 23, part 2, 2016.論文タイトル:” Densitometry and temperature measurement of combustion gas by X-ray Compton scattering”著者:Hiroshi Sakurai, Nobuyuki Kawahara, Masayoshi Itou, Eiji Tomita, Kosuke Suzuki and Yoshiharu Sakurai

<研究の背景>
 小型内燃機関は動力源として社会で広く使われ、特に自動車用の動力源としても非常に重要な存在です。国際エネルギー機関(IEA)は(2012 年現在)、今後少なくとも30 年間の動力源の過半数はハイブリッド自動車なども含めた内燃機関が使われ、世界の石油エネルギーの約50%を自動車が消費すると推定しており、内燃機関を用いた自動車は将来においても重要な輸送機器です。我が国においても、自動車の石油エネルギー消費は4 割に及び、そのほとんどを輸入に頼っています。そのため、現状より燃費を飛躍的に向上させる技術を開発することにより石油消費量を削減し二酸化炭素排出量削減を達成することは、地球規模の課題と考えることができます。
 内燃機関の燃費を飛躍的に向上させるためには、内燃機関で想定される複雑な燃焼現象を計測し、解明する必要があります。とくに鍵となるのが温度分布や化学反応です。温度分布の計測では、これまでは熱電対を利用したり、干渉計を用いて透明な窓を通して燃焼気体の屈折率を測定して求めていました。また、化学反応については、透明な窓を通して燃焼によって生じる可視光を分光して調べていました。しかし、熱電対では電線部分からの熱の流入や表面の触媒効果によって正確な温度が測定できなかったり、干渉計を用いた方法は振動に影響を受けたり、透明な窓を用いる手法は燃焼によって生じるすすの影響を受けるなどの欠点がありました。
 今回新しく開発した手法は、透過能の高い高エネルギーX 線を燃焼部分に照射し、燃焼ガスで生じるコンプトン散乱X 線を測定する手法で、非接触かつその場測定な手法です。非接触であるため熱電対測定で問題となるような電線部分からの熱の流入や表面の触媒効果は起きません。また、透過能の高い高エネルギーX 線を利用するため透明な窓を利用する場合に問題となるすす等の影響も受けません。また、干渉計等を利用しないので、振動にも強い特徴があります。

<研究手段と成果>
 コンプトンプロファイルの測定には、100 keV を超える高輝度・高エネルギーX 線が必要であることから、SPring-8 の高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)にて実験を行いました。図1(a)のような火炎のコンプトン散乱X 線の強度分布を測定したところ、図1(b)のような強度分布を得ました。図1(b)のy=5mmにおける強度分布を電子密度と分子密度の関係式および気体の状態方程式を利用して温度に換算し、熱電対の測定結果と比較しました(図2)。その結果、新しい手法で測定された温度は熱電対による測定結果と一致しました。さらに、非接触であるため、電線部分からの熱の流入の影響等がなく熱電対による測定よりも精密な温度測定ができました。また、火炎における化学反応を調べるために、図1(b)に示す場所y=5mmで固定し、x=0mm(火炎内部:未燃焼)、x=4mm(火炎境界内部:未燃焼)、x=4.5mm(火炎境界部:燃焼開始)、x=5mm(火炎境界外部:燃焼完了)の各場所におけるコンプトン散乱X 線スペクトルを測定しました(図3)。さらに、図4 に示すようにx=0mm の未燃焼状態である場所のスペクトルと各場所のスペクトルの差を求めました(形状の変化を求めるために、図3 のスペクトルの面積を同一にして差を求めました)。その結果、火炎内部の|x|<4mm の範囲ではスペクトルの差がないため化学結合の変化はなく(図4(a))、室温であり(図2)燃焼の化学反応は起きていませんでした。しかし、|x|=4.5mm の火炎境界では、スペクトルの差が小さく(図4(b))化学結合の骨格は維持されていますが、明るい可視光の発光(図1(a))と800K まで温度上昇(図2)が観測され、燃焼の化学反応が開始していることがわかりました。さらに、|x|=5mm の火炎境界外部ではスペクトルの差が生じて化学結合が劇的に変化し(図4(c))、1500K まで温度上昇(図2)していることから、燃焼が完了していることがわかりました。ただし、図4(c)のスペクトルの差は完全燃焼の化学反応のみを考慮した理論計算と一致しませんでした。そこで、理論計算(図5)と比較とすると、この不一致はH 原子の特徴を反映していることがわかりました。これらのことから、この領域では、完全燃焼によって生じた分子の他に、水分子がH 原子とOH ラディカル分子に解離していると考えられます。

<今後の展開>
 コンプトン散乱法を用いた本手法は、エンジン内部の気体の密度、温度分布、化学反応などを非接触で測定できます。今後、複雑な燃焼現象を計測し、解明できれば、内燃機関における燃費の飛躍的向上など、高効率を達成する革新的エンジン技術の進展に資すると期待されます。

<用語解説>
*1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨研究学園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

*2 コンプトン散乱
光(X線)は粒子としての性質を持ち、光子とも呼びます。X線光子と電子とがビリヤードの球のように衝突したときに、光子は電子によって散乱され、電子も弾き飛ばされてしまいます。衝突後の光子のエネルギーは衝突前に比べて低くなって観測されます。このような散乱現象をコンプトン散乱と呼びます。多くの教科書的な書物において、コンプトン散乱は、静止した電子とX線光子との弾性衝突として説明されていますが、現実の物質中の電子は常に運動しています。そのため、コンプトン散乱されたX線光子は、電子の運動量を反映して(ドップラー効果)、エネルギー分布を示します。エネルギーに対するX線の散乱強度を測定したものをコンプトンプロファイルと呼び、これが物質中の電子の運動量を反映していることを利用して、物質の電子状態が調べられています。

*3 OHラディカル
不対電子を有する原子、分子、イオンをラディカルとよびます。OH 分子は不対電子を有するためOH ラディ
カルとよばれます。


図1(a) ブンゼンバーナーを用いた予混合層流火炎(プロパン (6 wt.%, 450 ml/min)+空気 (94 wt.%, 8 l/min))の写真。火炎境界部で明るい可視光の発光が観測され、円錐形の火炎が形成されていることがわかる。(b)円錐形の火炎の軸を通る垂直断面のコンプトン散乱X 線の相対強度。火炎の形状が再現されています。なお、x=20mm,y=5mm 近傍(室温の大気)におけるコンプトン散乱X 線強度を1 としています。



図2
コンプトン散乱強度から求めた図1(b)のy=5mm の場所における火炎の温度分布。火炎の内部(|x|<4mm)は室温(300K)です。図1(a)の写真で明るく輝いている火炎境界(|x|=4.5mm)で温度が急激に上昇し、火炎境界外部(|x|>5mm)に1500K の高温度領域が広がっていることがわかります。



図3
 図1(b)に示す場所y=5mm で固定し、x=0mm(火炎中心:未燃焼)、x=4mm(火炎境界内部:未燃焼)、x=4.5mm
(火炎境界部:燃焼開始)、x=5mm(火炎境界外部:燃焼完了)の各場所におけるコンプトン散乱X 線スペクトル。ピークの高さ(コンプトン散乱X 線強度)は電子密度を反映し、ピークの形(半値幅など)は原子状態か分子状態かなどの化学結合の情報を反映しています。

図4
 図3 のコンプトン散乱X 線スペクトル横軸は、コンプトン散乱における運動量保存則とエネルギー保存則を使って物質中の電子運動量に換算することができます。横軸を物質の電子運動量に換算したコンプトン散乱X 線スペクトルをコンプトンプロファイルとよびます。左図では、図3 のコンプトン散乱X 線スペクトルの形状変化を調べるために、面積を同一にしたコンプトンプロファイル同士の差を求めました。(a)未燃焼部同士および(b)未燃焼部分と燃焼開始部分では顕著な差がありませんが、(c)未燃焼部分と燃焼完了部分では差があります。これは、燃焼が開始しても化学結合の骨格は変わらず、燃焼完了後に大きく化学状態が変化することを示します。
 青実線は完全燃焼の化学反応のみを考慮した理論計算です。一致していないので、完全燃焼の化学反応の他に考慮すべき反応があることを示しています。


図5
燃焼反応に関与する分子のコンプトンプロファイルの理論計算。水素原子の特徴が図4(c)における理論と実験の差異を説明します。したがって、火炎境界外部の完全燃焼が起きていると考えられる部分では、完全燃焼によって生じる分子の他に水分子が解離した水素原子とそれに付随するOH ラディカル分子が存在すると考えられます。


《問い合わせ先》
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教授 櫻井浩(サクライ ヒロシ) 
助教 鈴木 宏輔(スズキ コウスケ)
住所:〒376-8515 群馬県桐生市天神町1-5-1
Tel:0277-30-1714 Fax:0277-30-1707


国立大学法人 岡山大学大学院 自然科学研究科 産業創成工学専攻
准教授 河原伸幸(カワハラ ノブユキ)
教授 冨田栄二(トミタ エイジ)
住所:〒700-8530 岡山市北区津島中3-1-1
TEL&FAX : 086-251-8235

公益財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI)利用研究促進部門
主席研究員 櫻井 吉晴(サクライ ヨシハル)
副主幹研究員 伊藤真義(イトウ マサヨシ)
住所:兵庫県佐用郡佐用町光都1-1-1
TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-2750

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