国立大学法人 岡山大学

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骨の中にある骨細胞が造血幹細胞をコントロール

2013年06月07日

<ポイント>
○ G-CSF投与により造血幹細胞が骨髄から血液中に誘導されることが知られており、広く移植医療で使われているが、そのメカニズムは完全には解明されていない。
○ 骨の主要構成成分である「骨細胞」が、交感神経からの刺激を受け造血幹細胞ニッチに影響を与え、造血幹細胞の動員を制御することを発見。
○ G-CSFによる造血幹細胞動員メカニズムのさらなる理解につながり、造血幹細胞採取効率の向上、並びにドナー負担軽減に寄与することが期待される。

 岡山大学大学院医歯薬学総合研究科血液・腫瘍・呼吸器内科学の淺田騰大学院生、谷本光音教授と神戸大学医学部附属病院血液内科の片山義雄講師らの共同研究グループは、骨を構成する「骨細胞」 注1)が、すべての血液細胞の元となる造血幹細胞 注2)の機能制御に関与していることを動物実験で世界に先駆けて明らかにしました。
 近年、白血病を代表とする血液疾患の根治治療としていわゆる骨髄移植 注3)が広く行われています。この際、本来の骨髄のかわりに、健常人ドナーにサイトカイン 注4)の一種である顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF) 注5)を注射し、普段は骨髄の中にいる造血幹細胞を血液中に誘導(この現象を動員と呼びます)して、これを採取し、患者さんの静脈に注射することで移植する方法が最近は主流になってきています。このG-CSFによる造血幹細胞動員メカニズムは完全には解明されてはいませんでした。
 本研究グループは、骨の中にある骨細胞がG-CSF投与により影響を受けており、このメカニズムに自律神経の一種である交感神経からのシグナルが関与していることを示しました。さらに、遺伝子操作により、骨細胞を生体内で死滅あるいは機能低下させたマウスでは、G-CSFによる造血幹細胞の動員がほとんど起こらないことを確認し、造血幹細胞の動員に骨細胞が重要な役割を果たすことを発見しました。
 本研究は、骨の内部にある細胞が、血液細胞の根源である造血幹細胞を制御していることを示した初めての報告です。この結果より、G-CSFによる造血幹細胞動員メカニズムの理解が深まり、臨床現場で広く行われているG-CSFによる造血幹細胞採取の効率の向上や、ドナー負担の軽減につながる可能性があります。また、血液疾患の病態研究に骨組織や神経システムをはじめとした多臓器間ネットワークの概念を視野に入れる必要性を示唆するものと思われます。
 本研究成果は米国科学雑誌「Cell Stem Cell」に近く掲載されます。
<研究の背景>
 すべての血液細胞は、骨髄に存在する造血幹細胞という細胞から作られます。造血幹細胞は骨髄の中にランダムに分布するのではなく、「ニッチ」と呼ばれる特定の居場所に存在します。
 近年では、白血病を代表とする血液疾患の根治治療として、健常人ドナーから造血幹細胞を採取し、患者さんに移植するといういわゆる骨髄移植が広く行われています。この際、骨髄の中にいる造血幹細胞を採ってくる方法は大きく分けると2種類あります。一つは骨髄に針を刺し、直接採る方法です。もう一つは、サイトカインの一種である顆粒球コロニー刺激因子(Granulocyte colony-stimulating factor:G-CSF)を投与して造血幹細胞を骨髄中のニッチから引き離し、末梢血(全身を流れる血液中)に大量に誘導(動員という現象)し、これを採取する方法です(図1)。
 近年では、G-CSFを使って末梢血中に動員したドナー造血幹細胞を採取する方法が広く用いられていますが、G-CSFを投与するとなぜ造血幹細胞は骨髄中のニッチを離れ、血液中に出てくるのかというメカニズムは完全には解明されていません。
 今までに、骨をつくる細胞である骨芽細胞 注6)が造血幹細胞ニッチであり、G-CSFによる造血幹細胞動員メカニズムに関わることや、骨を壊す働きのある破骨細胞 注6)がG-CSFによる動員に関わっていることが報告されており、骨の細胞とG-CSFによる造血幹細胞動員には深い関連があることが示唆されていましたが、骨の内部に存在する「骨細胞」の機能については検討されていませんでした。

<本研究の概要>
 骨髄を取り巻く骨の中には、骨細胞と呼ばれる骨芽細胞の最終分化段階の細胞が数多く存在し、骨細胞は特徴的な細胞突起を持っており、この細胞突起を介して隣り合う骨細胞同士あるいは、骨表面にある骨芽細胞と手をつなぎ、神経細胞さながらのネットワークを形成し連絡をとり合っています(図2)。我々はこの骨細胞ネットワークに注目し、これが造血に与える影響を検討しました。
 まず始めに、臨床でヒトに投与するのと同じタイミングでマウスにG-CSFを投与し、骨細胞の変化を検討したところ、G-CSF投与により骨細胞が抑制を受けていることがわかりました(図3)。また、このG-CSFによる骨細胞の抑制が外科的に神経を切ったマウスでは消失していたこと、さらに骨細胞がβ2アドレナリン受容体 注7)を持っていたことから、G-CSFによる骨細胞の抑制は交感神経シグナル 注8)により引き起こされていることが考えられました。
 次に、ジフテリア毒素受容体を骨細胞のみに発現させた遺伝子組換えマウス 注9)を用い、骨細胞だけを除去したマウスで、G-CSFによる動員効率を検討したところ、骨細胞を除去したマウスではG-CSF投与によって造血幹細胞が血液中にほとんど誘導されず、この機構に骨細胞ネットワークが重要であることがわかりました(図4)。さらに、骨細胞を除去したマウスでは、造血幹細胞ニッチに関係していることが言われている骨芽細胞や骨髄マクロファージの障害をみとめ、骨細胞は、骨芽細胞や骨髄マクロファージ等の造血幹細胞ニッチ関連細胞に影響を与え、造血幹細胞の動員を制御しているということがわかりました(図5)。
 以上のことから、骨に埋もれている骨細胞が骨髄の中にある造血幹細胞ニッチに影響を与え、G-CSFによる造血幹細胞の動員をコントロールしていることが明らかになりました。

<本研究の今後の展開>
 本研究により、造血システムが神経系や骨組織という多臓器からの影響を受け、複雑に制御されていることが明らかとなりました。G-CSFによる造血幹細胞動員メカニズムの理解が大きく深まったことにより、この治療を受けるドナーや患者さんへのより明確な説明ができるようになり、また動員効率を上げ、ドナーへの負担がより少ない治療へと改善するための研究の大きな足がかりになります。骨細胞は重力などの荷重を感知するセンサーとしての役割があることが解明されており、本研究結果は、寝たきり状態や宇宙空間での無重力状態などが造血免疫システムに与える影響などの理解へつながることも期待できます。

<参考図>

図1 G-CSFによる造血幹細胞の動員
造血幹細胞は、普段は骨髄の中に多く存在しますが、G-CSF製剤を投与すると骨髄から血液中に誘導され、血液中に多く流れ出します。この現象を動員と呼びます。


図2 骨髄と骨組織の境界図
骨組織の中には多くの骨細胞が存在し、骨細胞は特徴的な長い手のような突起をのばし、隣り合う骨細胞同士、あるいは骨髄と骨組織の境界に存在する骨芽細胞と手つないでネットワークをつくり、連絡をとっていることが知られています。


(Asada et al,CellStemCell,Figure2Cより引用)
図3 G-CSFによる骨細胞突起の変化
G-CSF投与群では、投与対照群(Vehicle)と比較して骨細胞の突起が細くなっており、G-CSF投与により骨細胞が影響を受けていることがわかります。


 (Asada et al., CellStemCell,Fig4Aより引用)  
図4 骨細胞が正常でないと、G-CSFによる造血幹細胞の動員が起こらない
A)骨細胞を選択的に除去したマウスでは、骨細胞のネットワークが壊れてしまっています。      
(B)骨細胞を除去したマウスにG-CSFを投与しても、造血幹細胞が骨髄から血液中に出てくることができませんでした。


図5 本研究のまとめ(Asada et al., CellStemCell, Graphical abstract改変)
(上段)造血は、神経、骨といった多臓器からの複雑なコントロールを受けています。本研究は、この中に新たなプレーヤーである骨細胞を登場させました。
(下段左)定常状態では、造血幹細胞は骨髄中で骨芽細胞ニッチに存在します。骨芽細胞ニッチは、骨細胞や骨髄マクロファージからサポートシグナルを受けていることが考えられます(赤矢印)。
(下段右)G-CSF製剤を投与すると交感神経からカテコラミンが放出されます。このシグナルを受け取った骨細胞が抑制され、骨芽細胞へ送るサポートシグナルが弱くなり、さらに骨芽細胞自身もカテコラミンシグナルを受け弱ります。また、G-CSF自身が骨髄マクロファージを弱らせることも知られており、最終的に骨芽細胞ニッチは3つの経路すべてで造血幹細胞を手放しやすくなり、その結果、造血幹細胞が血液中に流れ出します。

<用語説明>
注1)骨細胞
 骨を構成する細胞の約9割を占める細胞で、硬い骨組織の中に埋もれた状態で存在します。重力などの荷重を感知したり、骨をつくり変える際に重要な役割を果たしていることが知られています。

注2)造血幹細胞
 すべての血液細胞(白血球、赤血球、血小板など)の親とも言える細胞で、造血幹細胞が分化してこれらの血液細胞を作り出しています。普段は骨髄の中に多く存在します。

注3)骨髄移植
 白血病や再生不良性貧血等の難治性血液疾患の患者に、ドナーから採取した正常な造血幹細胞を静脈内に注射して移植し、造血を入れ替える治療法です。

注4)サイトカイン
 細胞から放出され、細胞同士のコミュニケーションに使われる物質の総称です。サイトカインは免疫、炎症、造血、内分泌などに関与し重要な役割を果たしています。

注5)顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)
 白血球の一種である好中球を増やす働きを持つサイトカインです。遺伝子組み換え技術により作られたG-CSFが製剤化されており、抗がん剤投与による白血球減少をサポートする目的等で広く使われています。
 
注6)骨芽細胞、破骨細胞
 骨芽細胞は骨髄と骨との境界に存在し、骨をつくる細胞です。破骨細胞は、骨基質を溶かす物質を分泌し骨を壊す作用を持ちます。骨芽細胞と破骨細胞が共同して骨をつくり変えることによって骨を健康に保っています。

注7)β2アドレナリン受容体
 交感神経の興奮により放出されるアドレナリンが作用するアドレナリン受容体の一種で、代表的には気管支や血管、心臓などの細胞が持つとされています。

注8)交感神経
 体のバランスを整える自律神経系に属する神経系で、体を興奮状態にする作用があります。
交感神経が興奮するとアドレナリン、ノルアドレナリンが放出されます。

注9)ジフテリア毒素受容体を骨細胞のみに発現させた遺伝子組換えマウス
 野生型のマウスはジフテリア毒素に対する受容体を持たないので、ジフテリア毒素を投与しても何も起こりません。遺伝子組み換え技術で、骨細胞だけにジフテリア毒素を発現させたマウスにジフテリア毒素を投与すると、マウス生体内で骨細胞だけが死滅します。

<原論文情報>
Noboru Asada, Yoshio Katayama, Mari Sato, Kentaro Minagawa, Kanako Wakahashi, Hiroki Kawano, Yuko Kawano, Akiko Sada, Kyoji Ikeda, Toshimitsu Matsui,and Mitsune Tanimoto. “Matrix-embedded osteocytes regulate mobilization of hematopoietic stem/progenitor cells”. Cell Stem Cell, 2013,

本研究は日本学術振興会(JSPS)科研費 基盤研究(B) (23390251 研究代表者:片山義雄), 文部科学省科研費 新学術領域研究 (23118517研究代表者:片山義雄)の助成を受け実施しました。

報道発表資料はこちらをご覧ください

<問い合わせ先>
 岡山大学 大学院医歯薬学総合研究科 血液・腫瘍・呼吸器内科学
  大学院生 淺田 騰
  教授   谷本 光音
(電話番号)086-235-7227
(FAX番号) 086-232-8226

神戸大学 医学部附属病院 血液内科 講師 片山 義雄
(電話番号)078-382-6912
(FAX番号) 078-382-6910

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