国立大学法人 岡山大学

LANGUAGE
ENGLISHCHINESE
MENU

有尾両生類の四肢再生を制御する3種類のたんぱく質を発見

2013年06月05日

<ポイント>
○ 有尾両生類の四肢再生を「3種類のたんぱく質」によって人為的に誘導した
○ 四肢再生の開始メカニズムの一端を解明した

 JST 課題達成型基礎研究の一環として、岡山大学 異分野融合先端研究コアの佐藤 伸 准教授らは、有尾両生類で四肢を再生させることのできる3因子を世界で初めて発見しました。
 メキシコサラマンダ―(通称:ウーパールーパー)などの有尾両生類が、四肢を再生できることは古くから知られています。佐藤准教授らは、これまで単なる皮膚損傷だけではヒトと類似して皮膚の修復反応しか起こらないが、そこに外科的な操作によって神経を配置させると、皮膚の修復から四肢再生へと転換できることを報告しています。しかし、そこに関与する因子は分からず、高等脊椎動物への応用を考える上での大きな障壁でした。
 佐藤准教授らは今回、四肢再生の開始を促すたんぱく質を、非常にユニークな「過剰肢付加モデル注1)」を使用して明らかにしました。具体的には、次世代DNAシーケンサーを用いて、皮膚修復および四肢再生時における遺伝子発現の比較解析を行い、細胞内の2種類の情報伝達経路に着目しました。それらを活性化する候補因子から、四肢再生に関連するものを歴史的背景を踏まえて選定・研究しました。その結果、損傷を受けた部位に3種類のたんぱく質(FGF2、FGF8、GDF5)を作用させることにより、皮膚修復に代えて四肢の再生が可能であることを発見しました。
 今後、より高等な脊椎動物において、今回発見した3種類のたんぱく質および情報伝達経路の作用の差異を明らかにしていくことで、四肢などの器官再生研究の進展に大きく寄与することが期待されます。
 本研究成果は、米国科学誌「Developmental Biology」に近日中に掲載されます。
 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 さきがけ(個人型研究)
   研究領域:「iPS細胞と生命機能」
          (研究総括:西川 伸一(独)理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター 特別顧問
                 JT生命誌研究館 顧問)
  研究課題名:「細胞リプログラミングの段階的制御」
  研 究 者:佐藤 伸(岡山大学 異分野融合先端研究コア 准教授)
  研究期間:平成21年10月~平成25年3月
 JSTはこの領域で、iPS細胞を樹立する技術によって大きなブレークスルーがもたらされると考えられる、細胞のリプログラミング技術の高度化・簡便化、幹細胞分化転換の制御、iPS細胞を用いたエピジェネティック過程の分子機構や疾患発症機構の解析、ヒト疾患モデルの構築などの研究を支援しています。

<研究の背景と経緯>
高等脊椎動物は、高次構造である「器官」を再生する能力はありません。このような高次構造の再生はiPS細胞テクノロジーを用いたとしても至難の業といえます。ところが、このような高次構造の機能回復をいとも簡単に行える動物が存在します。有尾両生類といわれるメキシコサラマンダ―(通称:ウーパールーパー)は、手足などの器官再生ができる動物として知られています。では、これらの動物と私たちヒトでは何が異なるのでしょうか?この差異を明らかにしていくことで、ヒトが潜在的に持っている再生能力を引き出すことが本研究の大きな目的です。
四肢再生メカニズムに関しては、佐藤准教授らの研究グループなどにより、必要な組織間相互作用までは特定されていました。再生の開始に必要なのは「皮膚の損傷」と「神経の存在」の2つです。単純な皮膚損傷では、再生動物のウーパールーパーでも、高等脊椎動物と同様に皮膚の修復しか行いません。ところが、皮膚損傷に次いで人為的に神経を配置させると、単純な皮膚修復から四肢再生へ向けた反応が進行し始めます。このことから、神経の存在が再生開始をコントロールしていることは示されましたが、具体的にどのような因子が関わっているのかは不明でした。

<研究の内容>
 神経がコントロールする再生開始メカニズムを明らかにするために、佐藤准教授らは、四肢再生研究において世界をリードする実験システム「過剰肢付加モデル」を使用して研究を行いました。この過剰肢付加モデルとは、本来肢ではない箇所に過剰な肢を追加的に誘導するユニークな実験系です(図1)。この実験系を利用して、次世代DNAシークエンサーで皮膚損傷時と再生反応進行時の遺伝子発現の比較を行いました。これまでの知見から、神経から分泌される因子が再生開始をコントロールしていると強く示唆されていたため、分泌因子に絞って候補因子の選定を行い、大きく2つの遺伝子の情報伝達経路(FGF-シグナリング、TGF-β-シグナリング)に着目するに至りました。
 その中でFGF-シグナリングの重要性は、すでに我々の研究成果で示したことから、初めにTGF-β-シグナリングに関して研究を行い、GDF5たんぱく質が皮膚損傷から再生開始のサインである「再生芽注2)」様の構造を誘導しうることを発見しました(図2)。皮膚損傷後、通常であれば皮膚の修復が起こるのみですが、GDF5たんぱく質を損傷後の皮膚に添加したところ、皮膚修復時には起こらない伸長反応を観察することができました。しかし、神経を遊走させた場合では、この再生芽が伸長を続けて最終的に四肢を形成するのに対し、GDF5によって誘導した再生芽様構造は四肢形成に至りませんでした。また、軟骨形成や遺伝子発現パターンから、この構造は神経を遊走させた場合に生じる完全な再生芽とは異なる構造であることが強く示唆されました。そこで、先年来の当研究室の研究成果である再生関連因子のFGF2とFGF8を追加で添加したところ、軟骨形成や遺伝子発現パターンなどにおいて、神経遊走させた場合と遜色ない状況を再現することに成功し、さらに誘導した再生芽はやがて四肢構造を形成するに至りました(図2)。
 両生類の四肢再生系では、皮膚の真皮にある細胞が再生過程で軟骨を含む結合組織注3)の細胞種に分化できるという特徴を持っています。これは、完全に分化した組織から分化多能性を持つ未分化細胞が現れてくるということを意味します。この未分化細胞の形成はいわば生体本来が持つ分化リセットの機構(脱分化)と考えられます。この点に関してもFGF2とFGF8とGDF5では作用の違いが示されました。つまり、軟骨形成に関与する細胞はGDF5を添加した細胞集団には見られず、FGF2とFGF8を添加した細胞集団にのみ現れました。得られた因子について、今後、より詳細な検証を加えることで、生体本来の持つ脱分化作用を明らかにすることができると考えています。

<今後の展開>
 今回の成果は、世界で初めて人為的かつ人工物によって高次構造の再生を誘導したという点において大きな進展です。有尾両生類において「再生薬」として働きうる物質を明らかにしたことで、今後この「再生薬」がより高等な動物でどう働くのかという観点から、器官再生研究を進めることができます。また、学術的観点からも、再生開始に働く具体的な要素の解明は200年以上に渡る研究の歴史上の悲願であったことから、大きなインパクトを与えられます。今後は、同定した2つの情報伝達経路を中心に、より効率的な「再生薬」の同定、さらには生体本来が持つ「分化リプログラミング」の研究を進めることで、より高等な動物における高次構造の再生研究に大きく貢献することが期待されます。

<参考図>

図1 過剰肢付加モデルにおける代表的表現型
 皮膚損傷だけでは皮膚の修復が起こるだけであるが、皮膚損傷後に神経を外科的に遊走させることで、図のような過剰肢を誘導する過程につなげることができる。


図2 FGF2、FGF8、GDF5による四肢再生誘導
皮膚の損傷に加えてGDF5を添加すると、「再生芽」様の構造が作られるが四肢形成には至らない。ところが、FGF2、FGF8、GDF5という3つのたんぱく質を添加すると、神経の働きに替えて、四肢形成を誘導できる。

<用語解説>
注1)過剰肢付加モデル
皮膚と神経だけの関係で四肢形成を促せる。表現型として通常肢にもう1本の肢を付加できるというユニークなもの。

注2)再生芽
切断された四肢が再生される際、その初期に切断面に現れる未分化細胞からなる突起状の構造。胚発生過程に四肢を形成する肢芽と同等の構造と考えられている。

注3)結合組織
動物の体に存在する内部構造を保つための支持組織。四肢に存在する主な結合組織は軟骨・靭帯・真皮・腱などで、発生過程においては同一の起源を持つとされている。

<論文名>
“Nerve independent limb induction in axolotls”
(両生類において四肢形成を誘導できる分子の発見)

報道発表資料はこちらをご覧ください

<お問い合わせ先>
<研究に関すること>
佐藤 伸(サトウ アキラ)
岡山大学 異分野融合先端研究コア 准教授
〒700-8530 岡山県岡山市北区津島中3丁目1番1号
Tel:086-251-8421 Fax:086-251-8705

<JSTの事業に関すること>
木村 文治(キムラ フミハル)、川口 貴史(カワグチ タカフミ)、吉益 雅俊(ヨシマス マサトシ)
科学技術振興機構 戦略研究推進部 ライフイノベーショングループ
〒102-0076 東京都千代田区五番町7 K’s五番町
Tel:03-3512-3524 Fax:03-3222-2064

<報道担当>
科学技術振興機構 広報課
〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432

岡山大学 総務・企画部 企画・広報課 
〒700-8530岡山県岡山市北区津島中1丁目1番1号
  TEL:086-251-7292 FAX:086-251-7294

年度