岡山大学
歯科麻酔学(歯科麻酔科)

Department of Dental Anesthesiology,Okayama University Dental School,Okayama,Japan
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研究概要

1.口腔侵襲による生体反応とその制御に関する研究
  Biological reaction to oral invasive stimuli and its control

 口腔外科手術を行うと、手術を行った局所に発熱や疼痛、腫脹などをはじめとした炎症性反応が見られることは良く知られています。これは主に手術部位に集積した白血球が産生するサイトカインというタンパク質によるものです。これらのタンパク質にはインターロイキン、コロニー刺激因子、腫瘍壊死因子、インターフェロンなどが知られています。サイトカインは炎症反応だけでなく、免疫系の調節や細胞増殖、分化など生体の恒常性の維持に重要な役割を果たすことが明らかになっています。

 サイトカインは手術部位だけでなく、血流に乗って全身に運ばれ、全身の発熱などさまざまな症状をもたらします。 私たちはベンゾジアゼピン系薬剤などの特定の麻酔薬が口腔外科手術後のサイトカイン反応を抑制できる可能性があると考え、研究を続けてきました。その結果、末梢血中のインターロイキン6濃度は口腔外科手術後数時間で上昇し、手術終了後6時間以内にピークに達することがわかりまし(Miyawaki T, et al. 1996)。また末梢血中インターロイキン6の上昇は、手術後の深部体温の上昇および末梢血管収縮によるふるえと極めて密接な関連があることがわかりました(Miyawaki T, et al. 1998)。インターロイキン6発現に関連する遺伝子について観察すると、ベンゾジアゼピン系鎮静薬ミダゾラムは、作用時間依存的にヒト末梢血中から分離した単核球におけるインターロイキン6のmRNA発現を抑制することがわかりました(Miyawaki T, et al. 2001)。

 口腔外科手術では手術時の出血量を減らすため、低血圧麻酔法という方法を用いることがあります。低血圧麻酔法の違いがサイトカイン反応におよぼす影響について検討したところ、プロスタグランディンを用いた低血圧麻酔法では、イソフルランを用いた低血圧麻酔法に比べて血中インターロイキン6濃度が高くなることが明らかになりました(Miyawaki T, et al. 2004)。

 私たちの研究結果から、手術中・手術後のサイトカイン反応を抑制するためには、手術開始早期からの介入(薬剤投与)や麻酔法の工夫が必要なことが示唆されました。これからも私たちはインターロイキンを中心としたサイトカイン反応のメカニズムを検討することによって、サイトカイン反応を起こしにくい、より人に優しい麻酔薬、麻酔方法を追求します。

■関連論文■

1. Miyawaki T, Kohjitani A, Maeda S, Higuchi H, Arai Y, Tomoyasu Y, Shimada M. Combination of midazolam and a cyclooxygenase-2 inhibitor inhibits lipopolysaccharide-induced interleukin-6 production in human peripheral blood mononuclear cells. Immunopharmacology and immunotoxicology (2012) 34: 79-83.
2. Maeda S, Nakatsuka I, Hayashi Y, Higuchi H, Shimada M, Miyawaki T: Heme oxygenase-1 induction in the brain during lipopolysaccharide-induced acute inflammation. Neuropsychiatr Dis Treat (2008) 4: 663-6677.
3. Miyawaki T, Kohjitani A, Maeda S, Higuchi H, Shimada M. Effects of isoflurane-induced and prostaglandin E1-induced hypotension on cytokine responses to oral and maxillofacial surgery. Journal of Clinical Anesthesia (2004) 16:168-72.
4. Miyawaki T, Sogawa N, Maeda S, Kohjitani A, Shimada M. Effect of midazolam on interleukin-6 mRNA expression in human peripheral blood mononuclear cells in the absence of lipopolysaccharide. Cytokine (2001) 15:320-7.
5. Miyawaki T, Maeda S, Koyama Y, Fukuoka R, Shimada M. Elevation of plasma interleukin-6 level is involved in postoperative fever following major oral and maxillofacial surgery. Oral Surgery Oral Medicine Oral Pathology Oral Radiology and Endodontics (1998) 85:146-52.
6. Miyawaki T, Maeda S, Shimada M. Elevation of plasma interleukin-6 level in patients undergoing oral and maxillofacial surgery. Oral Surgery Oral Medicine Oral Pathology Oral Radiology and Endodontics (1996) 81:15-20.
7. Miyawaki T, Yao H, Koyama E, Maeda S. Prevention of postanesthetic shivering with intravenous administration of aspirin. Journal of Anesthesia (1991) 5:123-7.

2.歯科静脈内鎮静法に関する研究
  Intravenous sedation for dental patients

 歯を削ることや、麻酔の注射などの歯科治療は多くの方にとって、もともと気持ちのよいものではありませんが、治療の内容や患者さんの状態によっては、歯科治療が耐え難い苦痛となることも少なくありません。歯科受診が苦痛になると、次第に歯科から足が遠のいてしまい、さらに歯の健康をそこねるという悪循環に陥ってしまうこともあります。治療に対する恐怖心を和らげ、リラックスした状態で治療を受けて頂くことを目的とした「鎮静法」については、従来から研究および応用がされてきましたが、かつて主に使用されていたベンゾジアゼピン系薬剤では、治療に対して効果が不十分であることや、治療が終わってもしばらく眠ったままであるなどの問題がありました。またベンゾジアゼピン受容体の拮抗薬フルマゼニルがその後発売されましたが、効果が一時的であるということがわかり、実際の臨床ではあまり大きな変化をもたらしませんでした。

 1995年にプロポフォールという静脈麻酔薬が本邦で発売され、この麻酔薬は代謝が非常に早いため、麻酔の深度や効果時間を容易に調整できるという特徴を持っています。私たちはこの薬をいち早く歯科臨床に応用し、ベンゾジアゼピン系薬剤との併用により歯科診療において非常に優れた鎮静をもたらすことを国内の施設に先駆けて発表しました。現在この方法は、私たちの施設だけでなく、多くの歯科関連施設において用いられています。私たちは、この方法をアルツハイマー病の方にも適応し、有効であることを報告しています。

 近年はインプラント(人工歯根)に関連した比較的長時間を要する処置が増えており、それまで特に歯科治療に苦手意識を持っていない方でも、鎮静法を用いることで楽に長時間の治療を受けることができるようになっています。現在のところ、私たちの行っている鎮静法は、十分な効果がありますが、より確実な麻酔効果を得るために、鎮静法からさらに進めて、日帰り全身麻酔の検討を行っています。今後はさらに安全性と確実性を高め、多くの施設において取り入れやすい方法を確立していきたいと考えております。

■ 関連論文・学会発表■

1. Ishii M, Higuchi H, Maeda S, Tomoyasu Y, Egusa M, Miyawaki T: The influence of oral VPA on the required dose of propofol for sedation during dental treatment in patients with mental retardation: A prospective observer-blinded cohort study. Epilepsia 53: e13-16, 2012
2. Sakaguchi M, Higuchi H, Maeda S, Miyawaki T. Dental Sedation for Patients with Intellectual Disability: A Prospective Study of Manual Control versus Bispectral Index-Guided Target-Controlled Infusion of Propofol. Journal of Clinical Anesthesia 23: 636-642, 2011
3. Maeda S, Higuchi H, Watanabe Y, Hayashi Y, Yoshida K, Kohjitani A, Egusa M, Miyawaki T, Shimada M. Clinical experience of general anesthesia using laryngeal mask airway for ambulatory dental treatment on patient with intellectual disability. The 11th International Dental Congress on Modern Pain Control, 2006, Yokohama, Japan.
4. 林 由起子,前田 茂,渡辺禎久,秦泉寺紋子,友安弓子,吉田啓太,樋口 仁,糀谷 淳,宮脇卓也.知的障害者歯科治療におけるラリンゲルマスクを用いた日帰り全身麻酔.第3回日本歯科麻酔学会中国・四国地方会.岡山市.2006年
5. Miyawaki T, Kohjitani A, Maeda S, Egusa M, Mori T, Higuchi H, Kita F, Shimada M: Intravenous sedation for dental patients with intellectual disability. J Intellect Disabil Res 48: 764-768, 2004.
6. Miyawaki T, Kohjitani A, Maeda S, Kita F, Higuchi H, Shimada M: Serum cortisol level and depth of propofol-induced sedation. Acta Anaesthesiol Scand 48: 384-385, 2004.
7. 北ふみ,前田 茂,江草正彦,森 貴幸,宮脇卓也,嶋田昌彦:知的障害者歯科治療時の静脈内鎮静法におけるBispectral Index(BIS値)と覚醒時間との関係.障害者歯科, 24: 540-544, 2003.
8. 北 ふみ,宮脇卓也,前田 茂,嶋田昌彦:静脈内鎮静法におけるプロポフォールの投与方法の検討.岡山歯学会雑誌, 21: 195-200, 2002. 
9. 宮脇卓也, 前田 茂, 江草正彦, 森 貴幸, 梶原京子, 北 ふみ, 糀谷 淳, 嶋田昌彦: 知的障害者歯科治療においてミダゾラムとプロポフォールを併用して頻回に行った静脈内鎮静法症例の検討. 障害者歯科23(2): 99-104, 2002.
10. 前田 茂, 梶原京子, 森貴幸, 江草正彦, 宮脇卓也, 嶋田昌彦: 静脈内鎮静法下で歯科治療を行ったアルツハイマー病の1症例.障害者歯科 21(1): 60-63, 2000.
11. Maeda S, Miyawaki T, Shimada M: The effects of intravonous sedation of propofol for dental treatment of handicapped patients-difference of effects of sedation on each site and each dental treatment-. JJSDH, 19 Suppl, 303, 1998.
12. 前田 茂, 宮脇卓也, 江草正彦, 森貴幸, 嶋田昌彦: 障害者歯科治療における静脈内鎮静法について プロポフォールとミダゾラムの併用とミダゾラム単独投与との比較. 原著論文. 障害者歯科 19(2): 170-176, 1998.
13. 前田 茂、宮脇卓也、嶋田昌彦: ミダゾラムに対するフルマゼニルの拮抗作用 第2報 深い鎮静状態における拮抗作用. 日本歯科麻酔学会雑誌 23(1): 111-118, 1995.
14. 前田 茂,宮脇卓也,嶋田昌彦: ミダゾラムの静注による鎮静,平衡機能に対するフルマゼニルの拮抗作用. 日本歯科麻酔学会雑誌 22(3): 455-465, 1994.

3.Alpha-2アドレナリン受容体アゴニストの抗侵襲作用に関する研究
  Anti-invasive effect of alpha-2 adorenoceptor agonists

 Alpha-2 アドレナリン受容体作動薬であるクロニジンやデクスメデトミジンは、中枢神経系のalpha-2 受容体に選択的に作用して鎮静作用をもたらす、比較的新しい薬剤です。Alpha-2アゴニストは、これまでに使用されてきたベンゾジアゼピン系鎮静薬やプロポフォールと比較すると、呼吸抑制がほとんどなく、代謝・排泄が極めて速い点で注目されており、現在おもに集中治療領域における鎮静に応用されています。

 歯科領域では歯牙の充填、神経の処置、抜歯等で局所麻酔を頻繁に行いますが、局所麻酔薬には局所麻酔効果を延長するために血管収縮薬が添加されています。血管収縮薬は心拍出量を増加して血圧を上昇する作用があり、高血圧や心疾患を有する患者さまには血圧をモニターしながら循環動態に配慮しながら使用する必要があります。心不全など重症な心疾患を有する患者さまには使用できないこともあります。

 このような背景から、私たちは局所麻酔作用におよぼすalpha-2アゴニストの効果について検討を行っています。その結果、クロニジン、デクスメデトミジンはともにモルモット背部皮膚における局所麻酔作用を有意に延長し、この効果はalpha-2受容体のアンタゴニストにより拮抗されました。これまでの報告から、末梢の一次求心性線維にalpha-2 受容体が存在することが知られています。したがって、皮膚においては、alpha-2アゴニストは末梢のニューロン上の受容体を介して局所麻酔薬の効果を延長したものと考えられます。

 現在私たちは、alpha-2アゴニストの末梢における作用機序について詳細に検討を進めています。この研究を基盤として、血管収縮薬を含まない次世代の局所麻酔薬ができるかも知れません。

■ 関連論文・学会発表■

1. Tatsushi Yoshitomi, Atsushi Kohjitani, Shigeru Maeda, Hitoshi Higuchi, Masahiko Shimada, Takuya Miyawaki: Dexmedetomidine enhances the local anesthetic action of lidocaine via an alpha-2A adrenoceptor. Anesth Analg 107: 96-101, 2008.

4.静脈麻酔薬・鎮静薬の薬物動態に関する研究
  Pharmacokinetics of intravenous anesthetics and sedatives

 近年、静脈麻酔薬または鎮静薬を複数使用し、それぞれの特徴を組み合わせる麻酔法が多用されています。今後、特異的な作用を有する新しい静脈麻酔薬または鎮静薬が開発されるのに伴い、ますますこの傾向は高まるものと予測できます。薬物を併用した場合、それぞれの薬物の利点が加算されるだけでなく、欠点も加算される、あるいは打ち消しあってしまうことがあります。それが相互作用です。相互作用によって、どちらかの薬物、あるいは両方の薬物の作用が過剰になったり、逆に作用が減弱したり、あるいはそれぞれの薬物にはない別の作用が出現する可能性があるため、相互作用については十分検討されるべきものです。静脈麻酔薬または鎮静薬の相互作用についても、これまで多くの研究または症例が報告されています。しかし、その要因についての検討は不十分です。

 相互作用で最も大きな因子は薬物動態への影響だと考えられますが、その中でも、蛋白結合への影響は、静脈内投与の薬物においては、十分考慮するべき因子だと考えられています。そこで私たちは、蛋白結合型薬物濃度および蛋白非結合型薬物濃度を測定できるシステムを構築し、静脈麻酔薬または鎮静薬を併用した際の、蛋白結合への影響を研究し、蛋白結合部位が同じであり、さらにその結合率が高い場合、蛋白結合率が変化し、蛋白非結合型薬物濃度が上昇することを明らかにしました。この変化は臨床症状にも影響を与えるに十分な変化であることが示されました。

 薬物動態に関する研究は、医療の安全に関わる非常に重要なものですので、今後も取り組んでいくテーマですが、薬物濃度を測定することは薬物療法の基本ですので、先の研究で構築した薬物濃度測定システムは、他の研究にも応用できます。代謝物の測定も可能ですので、今後、麻酔薬の代謝に関する研究も可能ですが、薬物動態だけでなく、静脈麻酔薬または鎮静薬を有効にターゲットサイトに運び込むドラッグデリバリーシステムに関する研究に着手しています。

■ 関連論文・学会発表■

1. Ohmori J, Maeda S, Higuchi H, Ishii M, Arai Y, Tomoyasu Y, Kohjitani A, Shimada M, Miyawaki T. Propofol increases the rate of albumin-unbound free midazolam in serum albumin solution, J Anesth 25: 618-620, 2011
2. 大森 潤,宮脇卓也,糀谷 淳,前田 茂,吉田啓太,樋口 仁,嶋田昌彦:ミダゾラムの蛋白結合に対するプロポフォールの影響.第33回日本歯科麻酔学会総会・学術講演会.鹿児島市,2005年.

5.リポソームを用いた薬物キャリアに関する研究
  Liposomal drug carrier

 薬物の投与方法には静脈内、筋肉内、直腸内、経口投与など様々な方法があります。経口投与法は痛みを伴わず、投与が簡単なことから一般的によく用いられていますが、苦味のある薬や吸収などの問題から投与が困難であったり、経口投与用として製剤化されていない薬物があります。

 歯科麻酔の分野において、抗不安薬であるミダゾラム注射薬は、鎮静を目的とした前投薬としてよく用いられています。小児や知的障害者に対して、静脈内、筋肉内投与法は注入時の痛みやストレスを伴うため、あまり適していません。経口投与では抗不安効果も高いため、成人や小児においてよく用いられています。しかし、ミダゾラム注射薬は非常に苦く、小児や知的障害者に経口投与するのは困難です。そこで、ミダゾラム注射薬をそのまま経口投与するのではなく、苦味を改善した他の形状の経口用ミダゾラムの開発が必要であると考えました。機能性と安全性の面より、従来様々な薬物を封入し薬物担体として用いられているリポソームを応用した、新しい薬物担体の開発を行うことを目的に研究を行っています。

 これまでの研究では、ミダゾラムを効率的にリポソームに封入し、胃や消化管を想定した酸性環境下でミダゾラムがリポソームから放出される経口用ミダゾラム封入リポソームの作製法について研究・開発を行いました。更に作製したミダゾラム封入リポソームの薬物動態について動物実験でも確認し、臨床応用できる可能性を明らかにしました。

 この研究に関しましては、日本歯科麻酔学会内でも高い評価を受けており、2011年の日本歯科麻酔学会ではデンツプライ賞をいただきました。

 現在、更なる臨床応用に向けて、効率よく吸収するためにミダゾラム封入リポソームのサイズをナノ化したり、長期保存できるような方法の研究を行っています。有用な長期保存法として、凍結乾燥法が適していると考えておりますが、その凍結乾燥法において高率の封入率が維持されるような安定した方法について研究・開発を行っております。

■ 関連論文・学会発表■

1. 友安弓子、迎 和生、森 恵、樋口 仁、前田 茂、宮脇卓也: 経口用ミダゾラム封入リポソームの長期保存のための改良.第40回日本歯科麻酔学会総会・学術集会.福岡市,2012年
2. Tomoyasu Y, Yasuda T, Maeda S, Higuchi H, Miyawaki T. Liposome-encapsulated midazolam for oral administration, J Liposome Res 21(2): 166-172, 2011
3. 迎 和生、友安弓子、林 知子、前田 茂、宮脇卓也: 経口用ミダゾラム封入リポソームのナノ化およびPEG化の試み.第39回日本歯科麻酔学会総会・学術集会.神戸市,2011年
4. 友安弓子 経口用ミダゾラム封入リポソームの開発. 岡山歯学会雑誌, 29: 1-10, 2010.
5. 友安弓子、迎 和生、前田 茂、宮脇卓也: 経口用ミダゾラム封入リポソームの開発.第38回日本歯科麻酔学会総会・学術集会.横須賀市,2010年.
6. 迎 和生、友安弓子、矢吹明子、山根彩加、坂口 舞、前田 茂、宮脇卓也: 経口用ミダゾラム封入リポソームの効果について.第38回日本歯科麻酔学会総会・学術集会.横須賀市,2010年

6.障がい者の口腔健康維持支援に関する臨床研究
  Oral health of persons with disabilities

 知的障害のために、通常の歯科治療を受けることが困難な場合があります。私たちは、歯科での麻酔管理を担当する診療科として、現在までに知的障害を伴った方が歯科治療を受けるために、全身麻酔や鎮静法を行うと共に、よりよい管理を行うために、研究を続けてきました。全身麻酔は確立された方法ですが、検査や入院など、患者さんにとって負担が多く、また歯科治療はもともと数回に分けて行う必要があることから、歯科治療にはやや不向きな部分もあります。そこで私たちは鎮静法の改良にとり組み、現在のところ、患者さまにとってより負担の少ない方法を確立してきました。

 一方で、知的障害を伴った方の歯科に関した問題の中で、麻酔薬によって解決できる部分は決して大きくありません。そこで私たちは知的障害者の歯科治療におけるノーマライゼーションという概念に沿って、他大学の研究者と共同研究を行い、鎮静法や全身麻酔法に関した研究の他に、学生教育や歯科医師に対しての研修などを積極的に行う必要性、患者さまによる自己決定の重要性などについて検討してきました。また知的障害者では、間接的に二次的障害として重篤な歯科疾患を惹起する傾向があることから、その現状と対策について研究してきました。その結果として歯周病の予防が困難であること、地域ごとに拠点施設を作ることの必要性などを提言してきました。またWHOが近年採択した国際生活機能分類(ICF)を初めて障害者歯科の領域に応用しました。

 知的障害を伴った方の歯科的管理には、個々の障害の程度だけでなく、家族や施設職員、あるいは施設の状況などの多くの因子が関与します。また歯科医療施設によっても、治療方針がまちまちです。実際のところ、施設間である程度の差は必要だと思われますが、多くの歯科医療施設にとって受け入れることができるようなゆるやかなガイドラインは必要であろうと考えております。以上のようなことをふまえて、今後は知的障害者のQOL向上に歯科の立場から貢献することを目標に、様々なアプローチを行いたいと考えております。

■ 関連論文・学会発表・報告書■

1. 前田 茂,江草正彦,森田 学,武田則昭:知的障害者の二次的障害としての咀嚼障害の原因と対策について.厚生科学研究費補助金障害保険福祉総合研究事業 平成17年度総括研究報告書.2006.
2. Maeda S, Kita F, Miyawaki T, Takeuchi K, Ishida R, Egusa M, Shimada M. Assessment of patients with intellectual disability using the International Classification of Functioning, Disability and Health to evaluate dental treatment tolerability. Journal of Intellectual Disability (2005) 49: 253-259
3. 前田 茂,江草正彦,森田 学,武田則昭:知的障害者の二次的障害としての咀嚼障害の原因と対策について.厚生科学研究費補助金障害保険福祉総合研究事業 平成16年度総括研究報告書.2005.
4. 前田 茂,宮脇卓也,江草正彦,武田則昭,森 貴幸:知的障害者の歯科治療におけるノーマライゼーションに関する研究.厚生科学研究費補助金障害保険福祉総合研究事業 平成14年度総括研究報告書.2003.
5. 前田 茂,宮脇卓也,江草正彦,武田則昭,森 貴幸:知的障害者の歯科治療におけるノーマライゼーションに関する研究.厚生科学研究費補助金障害保険福祉総合研究事業 平成13年度総括研究報告書.2002.
6. 前田 茂,宮脇卓也,江草正彦:知的障害者の歯科治療におけるノーマライゼーションに関する研究.厚生科学研究費補助金障害保険福祉総合研究事業 平成12年度総括研究報告書.2001.

7.脳の酸化ストレス反応に関する研究
  Brain reaction to oxidative stress

 酸素は地球上のほとんどの生命にとって、まさに欠くことのできないものですが、酸素を代謝する過程で発生するフリーラジカルは、生命に関わる重篤な疾患と深く関連することが知られています。脳におけるフリーラジカルによる酸化ストレス反応に関連する代表的なもの疾患は、アルツハイマー病とパーキンソン病ですが、麻酔については高齢者に対して大手術を行った場合、術後に認知症に似た症状が現れる可能性が高くなることが報告されており、酸化ストレス反応との関連が考えられています。

 私たちは脳の酸化ストレス反応に着目し、脳の酸化モデルの確立を試みています。現在までに動物実験ではアルツハイマー病、脳の虚血再灌流、また脳外傷などで酸化反応が誘発されることがわかっています。私たちは細菌の内毒素によって脳の酸化ストレス反応が引き起こされた結果を得ましたが、これも上記のモデルと同様に反応経路がいくつもあり、純粋な酸化ストレスモデルとはなりません。そこで私たちは強力な酸化物質を用いて脳の酸化反応を誘発することを試みています。脳酸化モデルの確立により、脳酸化のメカニズムや抗酸化物質の研究など、広い範囲の研究が可能になると考えております。

■ 学会発表■

1. Arai Y, Maeda S, Higuchi H, Tomoyasu Y, Shimada M, Miyawaki T. Effects of midazolam and phenobarbital on brain oxidative reactions induced by pentylenetetrazole in a convulsion model. Immunopharmacology and immunotoxicology 34(2): 216-221, 2012.
2. Maeda S, Arai Y, Higuchi H, Tomoyasu Y, Mizuno R, Takahashi T, Miyawaki T. Induction of apoptotic change in the rat hippocampus caused by ferric nitrilotriacetate. Redox Rep 16(3): 114-120, 2011.
3. Nakatsuka I, Maeda S, Andoh T, Hayashi T, Mizuno R, Higuchi H, Miyawaki T: Oxidative changes in the rat brain by intraperitoneal injection of ferric nitrilotriacetate. Redox Rep 14: 109-114, 2009.
4. Maeda S, Miyawaki T, Higuchi T, Shimada M: Effect of flumazenil on disturbance of equilibrium function induced by midazolam. Anesth Prog 55: 73-77, 2008.
5. Maeda S, Nakatsuka I, Andoh T, Yamaai Y, Higuchi H, Miyawaki T, Shimada M. Brain Reactions to oxidative stress caused by intraperitoneal injeciton of ferric nitrirotriacetate (Fe-NTA) in rats. 36th annual meeting, Neuroscience 2006, Atlanta, October 14-18, 2006.
6. Maeda S, Nakatsuka I, Yamaai Y, Higuchi H, Miyawaki T, Shimada M. Induction of heme oxygenase-1 mRNA in brain by intraperitoneal injection of ferric-nitrilotriacetate (Fe-NTA) in rat. 35th annual meeting, Neuroscience 2005, Washington DC, November 12-16, 2005.
7. 中塚伊知郎,前田 茂,宮脇卓也,嶋田昌彦:鉄ニトリロ三酢酸によるラット脳におけるヘムオキシゲナーゼmRNAの発現について.第33回日本歯科麻酔学会総会・学術講演会.鹿児島市,2005年.

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