岡山大学 薬学部 
大学院医歯薬学総合研究科 薬効解析学

Department of Medicinal Pharmacology, Graduate School of Medicine, Dentistry and Pharmaceutical Sciences, Okayama University

 

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1)一酸化窒素によるタンパク質機能制御の解析

 一酸化窒素(nitric oxide : NO)は,生体内で産生されるガス状のシグナル分子であり,神経伝達や免疫応答など多様な生理応答を担っています.NOによるタンパク質の酸化修飾(S-ニトロシル化;SNO化)は標的蛋白質の酵素活性や局在を変化させます.SNO化は細胞内の酸化還元状態に基づいて厳密に制御されていますが,加齢や酸化ストレスにより過剰量のNOが産生されると神経変性疾患やがんの発症に関与します.これまでに,SNO化タンパク質を特異的に検出する手段としてビオチンスイッチ法と抗体アレイ法もしくはLC-MS/MS解析を組み合わせる解析方法が確立し,研究室では網羅的な新規SNO化タンパク質の同定およびその機能解析を行っています.
上記の手法を用いた探索により,既知のSNO化タンパク質に加えて,ヒストン脱アセチル化酵素6(HDAC6),マクロファージ遊走因子(MIF),Ubiquitin-conjugating enzyme D1(UBE2D1)といった新規SNO化タンパク質の同定に成功し,これらのタンパク質はSNO化によってその機能が阻害されることを明らかにしました (Okuda et al., Biol Pharm Bull., 2015; Nakahara et al., Biol Pharm Bull., 2019; Fujikawa et al., Biochem Biophys Res Commun., 2019).私たちが解析したSNO化タンパク質はパーキンソン病やアルツハイマー病をはじめとする種々の疾患との関連が示唆されているものもあるため,現在SNO化による機能変化と疾患との関連について解析を行っています.

2)親電子物質による細胞内恒常性への影響

 親電子物質は電子が不足し,反応性に富んだ物質です.これらの物質は大気や水,土壌など生活環境中にさまざまな有害物質として存在しており,人々は多くの親電子物質に日々曝露されています.親電子物質はタンパク質中の特定のアミノ酸(システイン,リジン,ヒスチジン)残基と共有結合し,標的分子の機能変化を介してがんや炎症,神経変性疾患の原因となることがこれまで明らかにされています.しかし,その分子メカニズムについては未だ不明な点が多く残っており,早急の解明が必要とされています.私達の研究グループはこれまでに1,2-ナフトキノン(1,2-NQ)やメチル水銀に着目し,それらが毒性を引き起こすメカニズムについて様々なアプローチによる解明に取り組んできました.すでにこれらの2つの物質については複数の標的を解明しており,最近では1,2-NQについては上皮細胞成長因子(EGF)受容体を選択的に活性化することで細胞死を抑制することを突き止め,論文にて発表しました(Nakahara et al., J. Biol. Chem., 2021).
 今後も様々な親電子物質について薬理学的な視点から毒性の評価を行い,親電子物質全体について毒性メカニズムの包括的な解明を目指したいと考えています.

3)小胞体ストレスセンサー分子特異的な酸化修飾阻止薬の開発

 小胞体はタンパク質の品質管理を担うオルガネラです.しかし細胞がさまざまな内的・外的ストレスにさらされると品質管理機構が破綻し,小胞体内で異常なタンパク質が蓄積する「小胞体ストレス」が惹起されます.このストレスは小胞体膜に存在する3つのセンサータンパク質(PERK,IRE1,ATF6)によって感知され,小胞体ストレス応答(UPR)と呼ばれるシグナル経路を駆動することで細胞の恒常性が維持されています.当研究室では,UPRに対する一酸化窒素などの親電子性物質の影響を解析しています.その結果,IRE1が親電子性物質による酸化修飾を受けることで,小胞体ストレスに対して正常に応答できなくなることを明らかにしました(Nakato et al., Sci Rep, 2015; Hiraoka et al., Biol Pharm Bull., 2017).この機能異常は,パーキンソン病などの神経変性疾患や糖尿病,心不全などさまざまな疾患で生じていると予想されます.現在はこうした病態形成機構を明らかにするとともに,酸化修飾を制御する化合物を開発することで,疾患の治療薬創製を目指しています.

4)メチル水銀による神経障害メカニズムの解析

 アルツハイマー病やパーキンソン病などの神経変性疾患には未だに根治薬や予防法が存在しません.これは,神経変性疾患の発症メカニズムが不明瞭であることに起因します.メカニズム解明が進まない要因として,神経変性疾患の発症に関わる因子が多いことが挙げられます.そこで当研究室では,これらの因子に共通した神経障害メカニズムを解明することで有効な治療標的立案を目指しています.私たちが現在着目しているメチル水銀も神経変性疾患の発症に関わる因子である親電子性物質の1つです.これまでの研究から,メチル水銀は小胞体ストレスが生じることを明らかにしています.小胞体ストレスが生じると,細胞は小胞体ストレス応答(unfolded protein response)を介してストレスの軽減を図ります.一方で,持続的なストレス下では細胞死が誘導することが知られています.私たちは解析を進め,メチル水銀が小胞体ストレス応答におけるストレス軽減機構を抑制することで細胞死を促進することを明らかにしました(Makino et al., Neurotox Res., 2015; Hiraoka et al., Biol Pharm Bull., 2017).さらに,本メカニズムは他の親電子物質に共通したことから,本メカニズムにおいて鍵となるタンパク質が有用な治療標的となりうる可能性を見出しました.この着想の下,化合物スクリーニングを試み,既に親電子物質による結合阻害薬を数種同定しています.現在,細胞レベルでの薬物候補化合物の薬理評価と,動物レベルでの親電子物質による小胞体ストレス応答制御について検討を進めています.

5)一酸化窒素によるエピゲノム制御機構の解析

 DNAメチル化は遺伝子のオン・オフ制御に関与するエピジェネティック制御の一つです.エピジェネティック異常はがんを始めとする様々な疾患の発症に関与することが知られていますが,エピジェネティクス制御酵素が生体内でどのような機構で調節されているかは分かっていません.
 私たちはこれまでに複数のS-ニトロシル化されるエピゲノム関連酵素を同定しており,これらの酵素の遺伝子発現制御機構への影響を解析してきました.特にDNAのde novoメチル化を担うDNAメチルトランスフェラーゼ(DNMT)3BがSNO化による活性調節を受け,DNAメチル化の異常を引き起こすことを明らかにしました.また炎症部位ではNO産生が顕著であり,炎症によりパーキンソン病,アルツハイマー病,癌の発症が起こることが知られています.現在はこれらの病態とNOの因果関係を明らかにすべく,研究を行っています.
 またDNMT3Bの三次元構造から,酵素活性を阻害せずSNO化のみを抑制する新規化合物を同定することに成功しました(Okuda, Nakahara, Ito et al., Nat.Com, 2023).本化合物を用いることで,DNMTのSNO化による遺伝子発現変化を薬理学的に検証するのみならず,エピジェネティック異常による様々な疾患の治療に応用できると考えています.


6)アルツハイマー病における小胞輸送障害の病態解明と根本治療薬の開発

 近年,多くの神経変性疾患の共通点として,輸送小胞(エンドソーム)による細胞小器官間の物質輸送メカニズムの障害,小胞輸送障害,が関与することが明らかになっています.この障害は受容体などの膜タンパク質の輸送調節および分解を制御し,神経細胞の機能調節・生存性に重要であることが知られています.
 ADにおいて小胞輸送障害は病態最初期に起こると考えられており,我々のグループはAD関連タンパク質の一つであるAβ前駆体タンパク質(APP)由来代謝物であるβ切断カルボキシ末端断片(βCTF)がエンドソームに集積し,脂質の膜内運搬酵素の構成因子TMEM30Aとの結合により輸送障害が起こるとする新たなAD発症モデルを提唱しました(Takasugi et al., PLoS ONE, 2018).今後,TMEM30AとβCTFの結合を阻害できる化合物の同定などにより,ADにおける病態特異的小胞輸送障害を改善という新たなコンセプトに基づいたAD根治療法の開発につなげたいと考えています.

7)スフィンゴシンキナーゼ2/スフィンゴシン-1-リン酸シグナル制御に基づいたAD根本治療薬の開発

 加齢はAD発症の最大の環境的リスクファクターですが,実際どのように脳内の生理機構に影響するかは不明であり,そのミッシングリンクに挑戦すべく,シグナル脂質,スフィンゴシン-1-リン酸(S1P),およびその産生酵素の一つであるスフィンゴシンキナーゼ2(SphK2)に着目して研究を行っています.SphK2/S1Pシグナルは中枢神経において免疫炎症反応を制御するとともに,その活性上昇が加齢とも密接に結びついていることが徐々に明らかにされています. 我々は,SphK2の活性がAD患者脳で上昇しており,Aβの産生酵素の一つBACE1の活性を増加させることによりAβ産生を増加させ(Takasugi et al., J. Neurosci, 2011), さらにグリア細胞におけるAβ分解を促進する可能性を見出しています,今後,同シグナルに基づいた多標的性の根本治療薬の開発を目指して研究を進めていく予定です.
 小胞輸送や脂質代謝の変化はとらえ難く,計測が困難な領域と考えられている領域です.これらの困難を克服し,逆に力にかえて,これまでにない創薬研究を目指していきたいと考えています.